2016年3月を卒業した有田さんは，ゴッサマー構造の展開再現性に着目し，外乱や設計パラメータの変動に対するロバスト性の新たな指標の理論式を提案しました．そして，数値計算によりその有効性を示し，博士号を取得しました．その一部は学術誌にも掲載されています．

詳細は，有田さんの博士論文や，参考文献[1]，[2]をご参照ください．ここでは，そのエッセンスだけ，簡単に紹介します．

この研究のポイントは次の4つです．

1. 運動中（変形を生じている状態）での剛体モードを適切に定義し，各時間ステップにおける変形増分を弾性変形と剛体変形に分解する方法を示したこと.
2. 運動中の剛性マトリクスの固有値が0以下となる固有モードを，1の結果を用いて剛体モードと弾性モードとに分解する方法を示し，運動中の座屈モード（“動的な座屈モード”）を定義したこと
3. 運動中の任意の時刻において，座屈モードに陥るために必要なノルム最小の外乱，および，その際の座屈モード方向の変位ベクトルを理論的に求める方法を示したこと
4. 以上により，運動中の「座屈分岐のしやすさ」，ならびに，「座屈した際の変形のしやすさ」を理論的に定義したこと

一般に，変形してる場合と変形していない場合とでは，剛性マトリクスは異なります．そこで，変形前の位置ベクトルを\({\mathbf{X}}\)，変形後を\({\mathbf{x}}\)とし，剛性マトリクスを\({\mathbf{K}}({\mathbf{x}},{\mathbf{X}})\)と書くと，運動中の剛体モードベクトル\({{{\mathbf{\tilde q}}}_i}\)は，\({\mathbf{K}}({\mathbf{x}},{\mathbf{x}}){{{\mathbf{\tilde q}}}_i} = {\mathbf{0}}\) で定義することができます．こうすることで，剛体並進運動，剛体回転運動，そして，膜がスラックしている領域での局所的な運動を全て網羅することができます（もし，\({{{\mathbf{\tilde q}}}_i}\)を \({\mathbf{K}}({\mathbf{x}},{\mathbf{X}}){{{\mathbf{\tilde q}}}_i} = {\mathbf{0}}\) で定義してしまうと，幾何剛性の影響により，剛体回転運動が剛体モードに含まれなくなるなどの問題が生じます）．

このようにして求められた剛体モードベクトル\({{{\mathbf{\tilde q}}}_i}\)を基底とする部分空間 \({\mathbf{\tilde Q}} = \left\langle {{{{\mathbf{\tilde q}}}_1},\,{{{\mathbf{\tilde q}}}_2}, \cdots ,\,{{{\mathbf{\tilde q}}}_n}} \right\rangle \) が，時々刻々の剛体モード空間となります．

次に，運動中の任意の時刻における"座屈モードベクトル"は，剛性マトリクス \({\mathbf{K}}({\mathbf{x}},{\mathbf{X}})\) の固有ベクトルのうち，固有値が0以下のものであると定義できそうに思われます．しかし，この座屈モードベクトルは，一般に，上記の剛体モード空間に含まれる成分を有します．そこで，\({\mathbf{K}}({\mathbf{x}},{\mathbf{X}}){\boldsymbol{\eta}} = \lambda {\boldsymbol{\eta}} \) ，\(\lambda \leqslant 0\) で定義される固有ベクトル\(\eta \)が存在したとしたら，\({{\mathbf{\tilde Q}}}\)と直交する成分を\({{\boldsymbol{\eta}} ^*}\)とし，その方向の単位ベクトルを \({{\mathbf{e}}^*} \equiv {{\boldsymbol{\eta}} ^*}/\left| {{{\boldsymbol{\eta}} ^*}} \right|\) とします．この\({{\mathbf{e}}^*}\)を，運動中の座屈モードベクトル（“動的な座屈モードベクトル”）と定義することができます．また，もし，\({{\boldsymbol{\eta}} ^*} = {\mathbf{0}}\) であれば，\({{\boldsymbol{\eta}} ^*}\) は剛体モードベクトルであり，座屈分岐は起こっていないことがわかります（右図）．

さて，展開非再現性の要因には，初期条件のばらつきや，物理パラメータの変動と，外乱による座屈分岐などがありますが，この研究では，特に予測が難しい，座屈分岐に着目し，「全ての想定される外乱に対し，常に座屈分岐が起こらない構造が，最も展開再現性のよい構造」と考えます．しかし，そのような構造を設計するのは容易ではないと予想されます．そこで，この研究では，「どのくらいの外乱が与えられると，物体は座屈モード方向に運動するのか？」を考え，「座屈モード方向に運動するために必要な外乱のノルムが小さいほど，また，その外乱が作用する必要時間が短いほど，再現性の低い運動である」とみなすことにします．

そして，有田さんは，そのような必要外乱およびそのノルム，その外乱が作用すべき時間，そのときの変位量（左上図の\(\Delta {\mathbf{x}}\)）を理論的に導きました．そして，その必要外乱ノルム（論文では，DF値（Disturbance Force value）と読んでいます）と，各節点での変位量（左上図の\(\alpha \)に，\({{\mathbf{e}}^*}\)のうちの，各々の節点の成分のノルムをかけたもので，各節点で定義されます．論文ではBD値(Buckling Displacement value)と呼んでいます）を調べることで，外乱に対するロバスト性を評価しています．例えば，DF値が小さいほど，座屈分岐をしやすいですが，仮にDF値が小さかったとしても，BD値が小さければ，当初の予測値（ノミナル値）から運動が大きく変化するわけではないので，それほど問題にはならないと考えられます．

また，同じ構造でも，速度や加速度が異なれば，座屈分岐のしやすさは異なると予想されます．実際，DF値やBD値は速度・加速度に依存し，これらの値によって，構造と運動状況を含む展開運動全体を評価することが可能となりました．加えて，BD値は各節点で定義されるので，どの節点が変位しやすいか（物体のどの領域が変形しやすいか）を調べることができ，その領域の設計を変更することでBD値を小さくするなど，BD値は設計変更の指針も与えることができます．

下図は，IKAROSを模したスピン膜の展開運動を計算した例です．各図をクリックすると，拡大図を見ることができます．各節点のBD値を黄色のコンターズで示しており，予想通り，中央部のテザーが座屈分岐により変位しやすいことがわかります．また，たるんだ部材は赤い線で示してあり，展開の後半で膜の4辺の中央部あたりにたるみが多くなることがわかります．これは，このあたりに張力が作用しにくいことを表しており，これも，四角形膜のスピン展開によくみられる現象です．

有田さんの博士論文では，この他にもSPROUTの膜展開を模した解析を行っています．そこでは，圧縮剛性の有無による違いが明らかになっており，圧縮剛性が小さい場合には，実験から予想されている通り，エッジがたるみやすいことがわかっています．

今後は，この研究を実機の設計に適用し，「そんな危なっかしい展開物は宇宙では無理だ」と言われそうなものも宇宙に持って行って広げてみたいですね．

この研究は，科研費による研究「大型ゴッサマー多体宇宙構造物の運動予測法の確立と運動の理解」を実施している中で生まれてきた研究です．