複合膜面構造とは，名取通弘・元宇宙科学研究所教授が提唱した構造概念で，複数の膜構造を組み合わせることで一つの構造物を構成しようというものです．具体的には，例えば，右下図のように，平面構造を膜面で，それを支える支持構造を膜でつくったインフレータブルチューブでそれぞれ構成し，両者を結合することで，構造として成立させるようなものが複合膜面です．

膜構造は軽量性，展開・収納性に優れ，宇宙構造物の構造様式に適していますが，一般に膜構造は張力しか負担できないため，その張力を支持するための圧縮部材が必要となります．そうでなければ，スピン安定膜のように，全体をスピンさせることで遠心力により膜の張力を維持するような構造にする必要がありますが，その場合，常にスピンし続けなければならないという制約条件が付いてしまい，自由に構造形態を設計することが困難となります．

そこで，膜でインフレータブルチューブをつくることにより圧縮部材として用いようというアイデアが提案されるようになったわけです．もちろん，この場合，ガス供給系が必要となるため，系全体の重量増・容積増が懸念されます．ただし，ガス自体は膜面やチューブの折り目剛性に打ち勝って展開が成功する程度の展開力を供給すればいいだけですので，系全体が大型になっても，ガス供給系はそれほど大型にはならないと予想されます．また，インフレータブル構造を用いることは，展開時間の短縮にも役立ちます（ガスを供給することで，大型構造でも一気に展開することが可能です）．

したがって，複合膜面構造は，構造全体が大型になればなるほど，他の構造様式に対して優位になると予想されます．

我々の研究室が2014年5月に打ち上げた超小型衛星SPROUT（右図）は，この複合膜面構造を実際に宇宙で展開した際の様子を調べることをメインミッションとしています．SPROUTは約20cm立方の衛星ですが，一辺が約1.5mの三角形の複合膜面を展開します．膜面はミウラ折りで，それを二本の薄いアルミラミネートチューブに窒素ガスを注入することで展開します．

展開中および展開後の膜面の形状は，2台のカメラでステレオ視することでデータ化します．これに加えて，ジャイロによる姿勢変動の計測，チューブに貼ったピエゾフィルムによる歪の計測，圧力センサによるチューブ内圧の計測により，この複合膜面構造が宇宙でどのように展開し，どのように形状を維持できるのかを定量的に評価します．

SPROUTの詳細については，是非，SPROUTのページをご覧ください！

当初，SPROUTの複合膜面は2015年1月〜3月頃には軌道上展開したいと考えていましたが，それまでの軌道上での衛星の状態（バッテリの状態や温度等）を確認した結果，軌道上での状態に合わせて地上の実験モデルでより詳細な展開模擬実験を事前に行い，展開ミッションにおけるパラメータ設定を再設定しようということになり，軌道上展開が遅れています（違法電波により，他のミッションのデータを取得するのに時間がかかったということもありますが）．

しかし，この5月24日に打ち上げ一周年を迎えるということで，できれば，その前に軌道上展開をしたいと考えているところです．ご期待ください．

SPROUTの膜展開は日本時間の2015年6月23日23時に実施されました．膜収納機構の保持部の開放，SMAアクチュエータによるチューブへのインフレーションガスの供給等，すべての機構は正常に動作したことを確認しました．しかし，残念ながら，チューブがまっすぐには伸展せず，膜が十分に展開しませんでした．右の写真は軌道上での膜面の様子を撮影したものです．展開がうまくいかなかった原因についてはいくつか考えられており，最終的には2016年1月に実施予定の，航空機を用いた微小重力実験の結果を踏まえて原因を特定する予定です．詳細についてはSPROUTのページの2015年10月13日付けの「速報」をご覧ください．

SPROUTの複合膜面構造展開ミッションは成功しませんでしたが，その後，原因究明や今後，複合膜面構造を適用する際の対応策等を「複合膜面構造の宇宙実証」のページにまとめましたので，ご覧ください．