1999年の第2回USSSのグループディスカッションの中で，Twiggs教授が「10cm立方で1kgの衛星を作ろう！」と提案したのがCubeSatの始まりです（最初は，Student，Study，Satelliteの3つのSをとって，S3sat（S cube sat と読みます）と言っていましたが，USSS後，少し経ってから，「CubeSat」という名前になりました）．

本研究室のメンバーの1人もそのグループディスカッションの現場にいて，その時の雰囲気・高揚感からか？，「自分達も衛星をつくりましょう！」ということになりました（あとで，「ホントに自分達だけで衛星をつくれるのか？」って他のメンバーから突っ込まれていましたが）．ただ，まずはARLISSに参加してCansatを成功させよう，というのが最優先にあって，本気で考えるようになったのは，2000年のARLISSが終わり，秋のUSSS（USSS2000）に至る時でした．そして，USSS2000では，1UのCubeSatから1本のインフレータブルチューブを伸展させるというミッションを提案していました（右図）．以下に示す通り，実際にはもっとシンプルなミッションになったわけですが，13年の時を経て，SPROUTでは2本のチューブで三角形膜を展開するというミッションに挑戦することになったのは感慨深いものがあります．

さて，年度が変わって2001年度にはCubeSatプロジェクトが始動しましたが，まだ，この時にはマイコンで通信などが自由自在にできるレベルにまでいっていかなったので，まずはARLISSで基本的な技術をマスターし，その後，実際に始動することになりました．衛星名もSEEDS（Space Engineering Education Satellite）と決まり，2002年のARLISSではSEEDSのBBMの実験を行いました．実験自体はロケットのトラブルでうまくいきませんでしたが，事後実験で動作確認するなど，SEEDSの開発に向けた足がかりをつかめたARLISSでした．

とはいえ，まだ，CanSatと本物の衛星との間のギャップが大きすぎ，霧の中を進んでいる状態だったのではないかと思います（実際，衛星をつくったことがある人達にとっては，そこにギャップはそれほどないのですが，初めての人にとっては，大きなギャップがあるように感じるのではないかと思います）．

その後，2003年始めにEM（の1号機）を製作し，動作試験等を行いました（右の写真）．ただ，この時のEM1は今考えるとまだEMと呼べるレベルのものには達しておらず，いろいろ直すべきところがありました．正直，本当に宇宙で動作するものをつくれるのだろうか？，そもそも，どういうものが宇宙で動作するのか？，といったことがわからず，メンバーは悩んでいた気がします．そうこうしている間に，東大・東工大が世界初のCubeSatを6月に成功させました．その状況を参考にさせていただき，UNISECからも開発費の支援をいただき，EMの2号機（EM2）の開発を勧めました．この頃は，「本当に日大が衛星なんて打ち上げられるの？」っていう周囲からのプレッシャーも感じつつ？，それをバネに？，メンバーは開発を進めていきました．

そして，ちょうどその年の10月に米国のCalifornia Polytechnic State University（CalPoly）との相乗り打ち上げの話が本格化し，12月には正式な契約に至るのですが，「この状態で契約してしまってもいいのだろうか？」と迷いつつ，「契約しちゃってもいい？」と，開発メンバーにお願いして，腹をくくった（ちょっと大げさですが）のを覚えています．

そして，2006年7月27日1時34分（日本時間の4時34分），SEEDSはバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました（右図）．研究室からも2名がモスクワ経由でカザフスタン入りし，打ち上げキャンペーンに参加しました．当日は打ち上げ場から約7km離れた原っぱにポツンと経っていた小屋から，関係者で打ち上げを見学しました．しかし，ロケットの1段エンジンが不調で約1分ちょっとしたところで停止し，ロケットはそのまま約150km先に落下したそうです．これにより，残念ながら，SEEDSは宇宙に到達することができませんでした．さすがにこれはショックで，この時の研究室ブログに，その悔しさをコメントした記憶があります．確か，日大の学生メンバーが衛星を開発できるんだってことを証明できなかったのがつらい，といった感じのコメントだったかと思います．残念ながら，サーバーがクラッシュして，当時のブログのデータは消えてしまったのですが．

SEEDS-IIの成功を受け，複合膜面構造実証衛星SPROUT（Space Research on Unique Technology）の開発を進めることになりました．SPROUTは約20cm立方で，約7.1kgの衛星です．開発当初は打ち上げ費を抑えるため3kgに収めようということで，今思うとかなり無理な設計をしようとしていた感がありますし，SEEDS-IIに比べてミッションが一気に高度となり，衛星システムも複雑になったため，開発はなかなか思うようにはすすみませんでした．SEEDSの時もそうでしたが，打ち上げが決まっていない状況で高いモチベーションをもって開発を進めることは容易なことではありませんでした．ただ，2008年〜2011年の3，4年の間，当時のメンバーが試行錯誤して苦しみながら開発を進めていった経験は，SPROUTの成功に役立っていると感じています．

SPROUTはインフレータブルチューブと膜から成る複合膜面構造の展開実証や"ラフな"姿勢制御の実証，複合膜面構造物展開による軌道降下率変化の予測といった工学ミッションと，デジトーカによる録音音声送信，デジピータによるアップリンク音声の送信，カメラによる地球等の撮影およびSSTVによる送信といったアマチュア無線ミッションを実施するということで設計を進めていきました．

また，SPROUTの打ち上げでは，衛星の放出機構も独自のものを開発して使うこととし，右上図のような「びっくり箱」方式の放出機構を採用しました．この方式は，CalPolyが2000年頃に提案したP-POD，東大の2003年のXI-IVの放出機構T-POD， T-PODをベースにしたトロント大のX-PODなど，CubeSatではよく用いられている方式です．ただし，ふたを開くための機構や，中のバネの取り付け方，分離速度などはどの大学も独自の発想でつくっています．

SPROUTのミッションは，特に軌道を選ばないものですが，運用を考えると太陽同期軌道がベストであったことや，海外での打ち上げ費用が高騰したこともあり，H-IIAの相乗りを目指すこととしました．太陽同期軌道への打ち上げ機会はなかなかなかったのですが，ALOS-IIの相乗りの公募が2012年2月に出され，SPROUTを応募しました．そして，2012年3月に選定されました．この時点では，まだ右の写真ようなBBMを開発している段階でしたが，選定されたことを受け，本格的に開発がスタートしました．

2012年5月にPDRを行い，BBMでの確認作業とEMの開発を並行して進めていきました．途中，安全審査のPhase-0/Iが8月にあり，H-IIA仕様に合わせるべく，電源系の再設計・再製造などを行いました．BBMとは異なり，EMは，実際の衛星のサイズになりますので，BBMでは見えなかった様々な課題が浮き彫りとなり，その解決にかなりの時間を要しました．当初，ALOS-2の打ち上げは2013年夏から秋が想定されていましたので，実際にその通りに打ち上げられていたとしたら，SPROUTの開発はかなり熾烈を極めたものとなっていたでしょう．

	そして，EM完成の目途が立ってきた2013年5月にCDRを行いました．CDRは，自分達の衛星の中身がどんなものであって，その開発状況がどんなものであるかを確認し，レビューし合い，情報を共有して，今後のFMの開発方針を確認することを主目的としていました．と同時に，お互いの持っている情報に齟齬があって，その結果，各サブシステムに不整合があると問題ですので，そのようなことがないかを確認することも重要な目的の一つでした． SPROUTはH-IIAで打ち上げられることもあり，当日はJAXAの産業連携センターの方々にもお越しいただき，レビューに参加させていただきました．このこともあって，メンバーはかなりの緊張感をもって準備をし，当日も様々な議論をし，EMでの残タスク，FMの開発の流れ，安全審査Phase-IIに向けた準備作業等を決めていきました． そして，FMの開発をしつつ，2013年9月に安全審査のPhase-IIを受審し，無事にパスし，あとは打ち上げに向けて，FMを完成させるだけとなりました．

そして，各種環境試験の後，2014年3月に（かなり短めでしたが）長期運用試験を行い，SPROUT，N-PODともに完成します．そして，最終的な振動試験を行い，JAXAへの引き渡し準備が完了したのが2014年の3月31日でした．

SPROUTの打ち上げに向けて，適合性確認審査会を受審し，これにパスし，つくば宇宙センターにてSPROUTをJAXAに引き渡しました．その後は運用準備を進め，2014年5月24日の打ち上げ日を迎えました．

この日は学内と近所の方々向けにパブリック・ビューイングを開催し，打ち上げを見守りました．また，M2・三田が種子島で打ち上げに参加しました．加えて，SPROUTのBBM開発当時のメンバーで，当時，文科省でALOS-2打ち上げの担当をしていた相浦も打ち上げに参加していました（この他，ALOS-2や他の相乗り衛星の開発にも研究室OBが従事していました）．

H-IIAロケット24号機は12時5分14秒に無事に打ち上げられ，海外からの受信報告，それに引き続いて，日大地上局での受信により，SPROUTが放出され，電源がONになっていることを確認しました．そして，翌日の昼パスでアップリンクが通ったことが確認でき，SPROUTは無事，衛星として機能していることが確認できました．

そして，現在，SPROUTはほぼ順調に運用され（違法電波に悩まされたり，バッテリの充電制御ICの"癖"を考慮した運用をしたり，気を使いながらの運用ですが），ミッションを遂行中です．

SPROUTの相乗り打ち上げが決まる数か月前，当時の学部2年生，3年生の衛星工房メンバー数名から，「1UのCubeSatを自分達で開発して打ち上げたい」との申し出があり，SPROUTのカメラ技術の実証と衛星開発に関する技術継承とを兼ねて挑戦してみようということになりました．ちょうど，JAMSATの方でCubeSat用の高速送信機とトランスポンダを開発している方がいらっしゃるということで，それらを搭載し，JAMSATとの共同開発ということで打ち上げを目指そうということになりました．衛星名は，「Next Education X(クロス) Unique Satellite」という意味をこめて「NEXUS」としました．4本のアンテナでバス系の通信とミッション系のトランスポンダ用の通信を行います．また，カメラもSPROUTに比べると各段によい性能のものを搭載しています．

SPROUTの開発を進めている中で，技術の継承が問題となり，1年生に対して衛星設計や電子基板の設計・製作法などに関する講義や実習を行い，最後はCansatを開発して気球実験を行うというプログラムをやることになりました．次の文献 Shoko INOUE, Daisuke FUJII, Hiroyuki KAMEMURA,Keiji AINOURA, Takumi OKUMIYA, Miyuki SAITO, Katsuya MATOBA, An Investigation into the Training of Freshman for the Transfer of Technology in the Development of Nano-Satellite, Space Takumi Journal, Vol.3, No.3, pp.40-62, November 14, 2012. に詳細は書かれていますが，First Stage（講義・講習会プラス個人での電子回路製作実習），Second Stage（班に分かれて電子回路を製作する実習），Cansatプロジェクトの3つの段階を踏んで，基礎的な知識・技術を習得しようというプログラムです．2010年度にほぼ完成し，その時にプログラムを受講した1年生は，NEXUSやSPROUTの開発に参加して，中心メンバーとして頑張っています． ただ，こういったプログラムは2年もするとマンネリ化してしまい，社会の新しい流れなどに対応できなくなることが往々にして起こり得ます．そこで，「自ら調べ，自ら考え，自ら決断し，自ら挑戦する」という基本方針は守りつつ，毎年，試行錯誤を続けています．

現在，我々の研究室ではSEEDS-IIの後期運用，SPROUTの定常運用を行っており，NEXUSの開発を進めています．SPROUTはメインミッションである複合膜面構造の展開実証を2015年6月に実施しました．今後はアマチュア通信ミッションを予定しています．これらは粛々と進めていくだけですが，その後については，衛星工房の活動は特に決まっていません．衛星工房に参加している学生次第だと考えています．

衛星工房は，2015年度から「航空宇宙工房」の中の一つの工房となり，その中で，低学年から衛星開発に関連した活動をできるような環境をつくっていっています．ただし，これまでのようにバス部も含めて衛星を全て一から作るというのではなく，バス系のコンポーネントは可能な限り市販品を購入し，ミッション開発に集中する形にしていきたいと考えています．

その際，我々の研究室は展開宇宙構造物に興味を持っていますので，それに関連したミッションが中心となってくると思います．したがって，「衛星開発には興味があるが，展開宇宙構造物ではなくて，衛星で別のことをやりたい」と思う学生さんは別の研究室で衛星開発をできる，というような状況になればいいなと考えています．

そんなこともあり，現在，文科省の支援を得て，「革新的宇宙科学を切り拓く先進展開構造の研究・発拠点形成」というプロジェクトを進めています．