将来ミッションほど熱制御技術が重要

 宇宙機にとって宇宙の熱環境は過酷です。これは宇宙環境では大気が存在しないため、強烈な太陽光を浴びるときは著しく温度が上昇する一方で、日陰に入ると温度が大きく低下し、非常に大きな温度差に曝されるためです。例えば水星磁気圏探査機「みお」では、日照時の太陽電池パネル表面温度は+240℃に到達しますが、日陰時は-160℃まで低下します。このような熱環境において、搭載機器を適切な温度範囲に保ち、ミッションを成功に導くことが熱制御システムの役割です。宇宙機熱制御における要素技術は大きく分けて、サーマルダブラやサーマルフィラー、サーマルストラップなどの伝導熱制御、ヒートパイプや機械式ポンプループ、機械式冷凍機などの熱流体制御、材料熱光学特性設計や多層膜断熱材、ラジエーターなどのふく射熱制御、ヒーターやペルチェ素子などの発熱・冷却制御に分類されます。宇宙機の熱制御システムは、ミッションの目的や搭載機器、軌道設計、姿勢、電力リソース等の様々な因子によって、完成させる絵が変化していくパズルのようなものです。このため、パズルの各ピース(要素熱技術)を上手く組み合わせ、ミッション要求に対していかに最適かつ信頼性の高い熱制御システムを組み上げるかが重要です。

 10~30年先の将来ミッション、例えば数年単位の長期間に渡る月表面探査やスノーラインを越えた外惑星探査、検出器を1 K以下の極低温まで冷却することが求められる宇宙望遠鏡など、挑戦性の高い多様なミッションにおいて熱制御システムに対する要求は厳しさを増すことが、すでに明らかになっています。このため将来の宇宙科学・探査の新しい絵を完成させるためには、不足するであろう重要なピースが何かを見極め、それらの研究開発を進め、技術レベルを上げることが非常に重要です。本研究室では、将来ミッションの熱的要求・課題を分析し、ミッション適用を明確な出口として熱技術の研究開発を進めています。自由な発想で熱技術に係る学理を探究する基礎研究、10年後のスタンダード技術創出を目指した応用研究、将来ミッションの熱制御システム設計の3本が本研究室の活動の軸となっています。

小川・小田切研究室は、熱制御技術で将来の宇宙科学・探査を拓き、挑戦的なミッションを駆動することを目指しています。

 

 

Topic 1: 気液相変化を伴う熱流動現象

 将来ミッションにおいて重要となる熱技術の一つに、熱エネルギー輸送技術が挙げられます。例えば深宇宙探査技術実証機DESTINY+のように長時間イオンエンジンを動作させるミッションでは、イオンエンジンからの大量発熱を高効率に放熱面まで輸送することが求められます。また今後、数多くのミッションで活躍することが期待される超小型宇宙機では機器の高密度実装が必須であり、内部機器からの排熱をいかに効率よく筐体・放熱面まで運べるかが、宇宙機設計の自由度を飛躍的に高めることに繋がります。そこで本研究室で着目しているのが、気液相変化を用いた熱エネルギー輸送技術です。具体的には、ヒートパイプ、ループヒートパイプ、自励振動ヒートパイプ、気液二相メカニカルポンプループが挙げられます。これらの技術は、無電力もしくは小さな消費電力で数W~数100W級の熱を、とても小さな熱抵抗で運ぶことができるため、宇宙機にとって魅力的です。
 本研究室ではデバイスの動作温度範囲の広域化(4 K ~ 350 K)、対応可能な発熱密度の広域化(0.01 ~ 100 W/cm2)、熱伝導度のON/OFFを自在に切り替え可能な熱スイッチなどの新たな機能付加を狙った研究を行っています。デバイスの飛躍的な性能向上や、従来は存在しなかった新たな機能を生み出すためには、やはり基礎に立ち返ってデバイス内部の物理現象を明らかにすることが重要です。基礎研究関連のテーマとしては、以下の内容に取り組んでいます。

研究テーマ
■ マイクロスケール多孔質体内の沸騰熱伝達現象の研究
■ 極低温流体における低質量流束凝縮流動の熱伝達メカニズム
■ ループヒートパイプの高精度な熱数学モデル構築
■ 自励振動ヒートパイプ内部の伝熱メカニズム

関連論文






 

Topic 2: 宇宙用熱デバイスの高性能化と自律熱制御システムへの展開

 より実機搭載形態に近い、デバイス・システムレベルでの宇宙用熱技術の研究開発に取り組んでいます。具体的には、本研究室所属のSLIM熱エンジニアらが発案した次世代月面ローバー用熱流体ネットワークの研究や、内惑星スイングバイを経て外惑星へと航行することで著しい太陽光入熱差に曝される深宇宙探査機に向けた自律型熱制御システムの研究、将来の宇宙望遠鏡ミッション適用を目指した極低温ループヒートパイプ(CLHP)/極低温キャピラリーポンプループ(CCPL)の研究が近年の主なテーマです。特にCLHPでは、独自の蒸発器ウィック製作手法を開発し(特許出願済み)、作動流体に窒素を用いたCLHPに適用することで最大24 W(動作温度 86 K, 熱輸送距離 2 m)の性能を達成するなど、世界第一級の研究成果を生み出しています。またCCPL研究では、デバイス起動時間の大幅短縮や受熱部の高精度な温度制御手法を確立するなど、実ミッションで非常に重要となる成果を得ています。
 本研究室の特色の一つとして、宇宙科学研究所内のプロジェクトと連携しながら熱技術の研究開発を進めている点が挙げられます。これまでにDESTINY+に搭載予定のイオンエンジン排熱用ループヒートパイプ、可逆展開型ラジエータのエンジニアリングモデルの熱真空環境での特性評価や、LiteBIRD搭載の低周波望遠鏡小型スケールモデルの冷却検証を本研究室の極低温熱真空チャンバで実施しました。本研究室メンバー(教員・研究開発員)がプロジェクトにおける開発業務を担当したり、将来ミッションの検討チームに所属したりということもあり、最新の開発課題や将来ミッション要求を取り入れながら、本トピックの研究に取り組んでいます。
※1 ブレッドボードモデル(BBM) :新しい技術の設計の実現性を確認するために製作し、試験を実施するモデル。
※2 エンジニアリングモデル(EM):品質・信頼性を除いて打上げ実機とほぼ同一の仕様を持つ、詳細設計を固める前段階の検証を行うためのモデル

研究テーマ
■ 月面ローバー用熱流体ネットワークの開発
■ 次世代深宇宙探査機に向けた自律スイッチング熱流体システム
■ 極低温ループヒートパイプの長距離化・熱コンダクタンスの向上

関連論文

 

Topic 3: 宇宙望遠鏡ミッション搭載に向けた放射冷却構造の研究開発

 宇宙科学研究所内のミッション側からの要請に基づいた熱制御技術の研究開発も行っています。本トピックは、最も宇宙機搭載に近い位置での研究開発活動です。これまでCMB偏光観測宇宙望遠鏡LiteBIRDに搭載予定の放射冷却V-groove構造および地上検証技術の開発に取り組んできました。具体的には、V-groove構造と深宇宙を模擬した極低温傘の小型スケールBBMを用いて、宇宙環境模擬チャンバ内で原理検証試験を実施した他、熱数学モデルとの比較検証、実験による輻射熱交換量の定量化など、世界に先駆けた日本独自のアプローチで研究開発を進めています。熱数学モデルと実験の検証の結果、V-grooveシールド表面の放射率が、設計において重要パラメータであり、かつ不確定性が高いことが明らかになりました。このため本研究開発に並行して、極低温条件下の放射率測定技術(熱量法・反射法)の開発も進めています。今後は宇宙望遠鏡実機サイズの熱構造モデルを用いた、V-grooveの開発検証試験を予定しています。さらに本研究からの発展で、月面天文台への適用を想定した可逆展開型フレキシブル断熱シールドの研究にも着手しています。

研究テーマ
■ LiteBIRD搭載用V-groove構造の設計検証技術開発
■ 熱量法・反射法による極低温条件下での放射率測定技術開発
■ 月面天文台に向けた可逆展開型フレキシブル断熱シールドの研究

関連論文

 

 

 

小川・小田切研での研究テーマの選び方

 上記以外にも以下に示す研究テーマを選択できます。基本的に学生、研究員自身の希望を第一優先に、自由にテーマを選択してもらいます。事前に相談いただければ、宇宙科学研究所内の理学研究者および熱系以外の工学研究者との共同研究、テーマ創出も可能です。またJAXA研究開発部門(つくば宇宙センター)、東北大学流体科学研究所、名古屋大学大学院工学研究科所属の研究者と共同研究に取り組むこともできます。

■ 水星着陸探査機の熱制御技術
■ 月面長期滞在に向けた熱制御手法
■ 遠方天体探査を想定した小型宇宙機(100 kg級)の熱設計最適化
■ 氷衛星サンプルリターンに向けた省電力・サンプル保管用熱制御の基礎的検討
■ 宇宙望遠鏡の極低温熱システムの研究開発

 宇宙機に搭載するような大型熱構造や洗練された技術も、スタート地点は上記で紹介したような実験室内の原理検証にあります。手元で実施する小規模・手作りの実験と試行錯誤から、実際のフライトまではしっかりと繋がっています。熱技術の研究開発は、どのフェーズにもそれぞれの難しさとチャレンジングな点はありますが、同じくらいの楽しさと興奮できる瞬間もあります。ぜひ安心して、宇宙機熱分野に飛び込んできていただけたらと思います。挑戦的な宇宙科学・探査ミッションを駆動する熱技術の研究と開発を、共に進めてくれる仲間を求めています!