100年射場を目指して
内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室の挑戦
JAXA 施設部
Mロケット組立室とは
1966年、日本のロケット開発の聖地である内之浦にMロケット組立室は竣工した。設計者は建築の徹底的なモジュール化、工業化を目指した東京大学生産技術研究所の池辺陽氏である。隣接する旧発射管制室、宇宙科学資料館など、内之浦には池辺建築が数多く存在する。
当初はM型ロケットの頭胴部組立に使用していたが、1982年に増築し、現在ではイプシロンロケットの整備組立等に使用している。
スレート板、木毛セメント板、ALC板など新しく開発された材料を素地のまま使用することを設計ポリシーとし、機能に合わせて鉄筋コンクリートや鉄骨を使い分けているため、このエリアには非常に特徴的な施設が立ち並んでいる。
内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室工事着手前(2020年6月撮影)工事着手前(2020年6月撮影)
内之浦宇宙空間観測所 射場全景(2016年撮影)2016年撮影
モダニズム建築の隠れた傑作
池辺は将来の変化を予想し増築を容易にできるよう、壁や大型扉もモジュール化・ユニット化を図ったと述べている※1。実際にMロケット組立室(以下、組立室)は、横だけでなく上部にもかさ上げを行うなど、増改築を行い、2020年現在も現役の組立室として使用されている。
組立室の大空間には、スペースフレーム(立体格子)構造が採用された。これはおそらく日本初ではなかろうか。1970年に大阪で開催された日本万国博覧会、そのお祭り広場の大屋根もスペースフレーム構造が用いられた(現在は一部を残し撤去された)。都市部で開催された国際的なイベントでの建築物よりも前に、陸の孤島であるこの内之浦にて施工されたことは驚くべきことである。
一方でその特徴的な外観から漏水が多く、ロケットの組立室として適切な作業空間を提供できなくなりつつある。イプシロンロケットを組立室で整備し今後も継続的に使用していくため、2020年度から大規模改修を行う。
そのため約1年間、その特徴的な外観は足場というヴェールに包まれる。装い新たな組立室にご期待いただきたい。
※1:「宇宙科学研究のための建築群」(「建築文化」1966年12月号 彰国社)
補足:「モダニズム建築」とは、一般的に、装飾や様式的建築を否定し、機能的・合理的な造形理念にもとづく建築と言われている
内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室全景足場仮設状況(2020年7月)
内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室屋根折版葺き(1983年4月)屋根折版葺き(1983年4月)
内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室屋根ジャッキアップ施工(1983年11月)増築部躯体施工(1982年11月)
ロケットの大型化に伴いタテヨコ共に拡張
ここでは1982年から1983年にかけて行われた屋根ジャッキアップ施工工事の様子をお届けする(写真クリックで拡大表示・拡大した写真をタップすると、工事の過程が閲覧可能)。
内之浦施設群の今後
内之浦の施設群は厳しい環境にさらされ、初期の施設は築60年近くが経過しており、老朽化が極めて著しい。今後も射場として機能を維持するために、役割を終えた施設の断捨離など、メリハリをつけた活動を行う予定だ。一方、日本の宇宙開発の”聖地”にある貴重な施設群を後世に残すことも我々の使命である。
竣工工事としては斬新かつ合理的な構造を採用し、屋根のジャッキアップや今後の使用に向けて行う2020年の改修など、進化を遂げるMロケット組立室。我々は挑戦することをやめず、今後も歩み続ける。
内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室
内之浦宇宙空間観測所
内之浦宇宙空間観測所
イプシロンロケットの打ち上げ時にロケットを見上げた後は、これら地上の施設群も見に立ち寄っていただきたい。運が良ければ保守のために大型扉が横移動する様子が見られるだろう。射座50mまで近づき、今と昔が融合した建築を感じて欲しい。
内之浦宇宙空間観測所
持続可能なロケット組立空間
2020年に実施した改修工事は、イプシロンロケット整備環境および運用性の向上を目指して行った。空調負荷低減による省エネルギーを実現しつつ、激甚化する自然災害や老朽化による漏水に対応すべく耐風・耐水改修を行い、持続可能なロケット組立空間を構築した。
いずれの写真も改修前は2020年6月、改修後は2021年5月に撮影したものである。
池辺建築
老朽化によりいくつかの施設は惜しまれつつも解体・撤去となったが、内之浦には池辺建築が組立室のほかにも残存している。それらについては今後紹介する(写真は、池辺研究室が設計した宇宙科学資料館の吹き抜け空間である)。
内之浦宇宙空間観測所 宇宙科学展示館
参考情報