
最初に述べたように、高度100〜300kmの熱圏下部においては中性大気と電離大気(プラズマ)が共存しますが、これらの大気粒子間には相互の衝突があるため、運動量の交換が行われます。中性大気粒子は電磁気的な力を受けずに運動するのに対し、電離大気粒子は磁力線を横切る方向に移動し難いため、各々は別の方向に運動しながら衝突により力を受けるので、密度や電磁場に依存して複雑な運動を行うようになります。このような粒子間の衝突や電場を介した運動量の交換(輸送)は理論的には古くから研究がなされてきたのに対して、観測的・実験的な検証は不十分なままでした。中性大気−電離大気間の運動量交換はプラズマバブルや伝搬性電離圏擾乱など熱圏下部において特徴的な現象を解明する上で重要であるにもかかわらず、キーとなるパラメータが同時にかつ直接的に観測された例はほとんどありませんでした。
本ロケット実験の目的は、熱圏下部において電子密度、イオンの密度と運動速度、電場と中性大気の風(運動)の直接観測を実施し、中性大気−電離大気間の運動量交換を理解し、様々な現象の生成と発達に与える輸送過程の役割を解明することにありました。
この実験で注目を集めたのは、ロケットから放出されたリチウム蒸気の発光雲の連続撮像による中性大気風の観測です。この種の風の測定法は極めて限られており、リチウムを用いた方法もここ30年ほど途絶えていましたが、本実験のために日本が開発し成功したために世界の研究者から引き合いが来ています。図4は各地上観測点で撮影されたリチウム発光画像ですが、風は発光領域の時間的な変化から推定します。画像の詳細な解析結果からは高度120 km付近を境に風の向きと大きさが急激に変わる速度シアーと呼ばれる領域が見つかった事が大きな特徴でした。
S-520-23号機実験には、もうひとつ「気象・海洋現象の超多波長イメージング」というミッションがありました。これは高度100km以上の上空から特定の積乱雲および海洋領域を1nm毎の超多波長で撮影を行い、水蒸気の吸収スペクトルの空間分布から水蒸気輸送の様子を、海洋の色調分布からは河川の水流入とプランクトンの分布を、高精度で捉えることを目指したものです。残念ながらカメラを対象物に向ける機能がうまく動作しなかったために、当初の目的は達成できませんでしたが貴重なデータが得られています。