米倉 克英

「この分野なら米倉に」と常に頼られる存在でありたい

宇宙への興味をかきたてたハレー彗星の大接近

最初に宇宙に興味を持ったきっかけは、1986年のハレー彗星の大接近でした。当時中学生だった私は、将来は天文の仕事をしたいと考えていましたが、星の名前を覚えるのが苦手だったので、技術者を目指しました。高専では電波通信学を学び、漠然と就職するなら宇宙開発関係と考えていたところ、担当教授から「そんなに宇宙が好きなら受けてみたらどうか」と当時の宇宙開発事業団(NASDA)を勧められました。入社の際は、他の学生がどのようなアピールをしているのか分からず不安でしたが、高専時代に宇宙通信には必須の第一級無線技術士という資格を取っていたことや、人工衛星について詳しく調べていたことなどを自分なりにアピールした記憶があります。

ゆりかごから墓場まで携わった「かぐや」

最初に配属されたのは千葉県勝浦市にある勝浦宇宙通信所で、パラボラアンテナの管理や異常事態が起こったときの対応をしていました。その後、東京の本社(旧NASDA)に異動して、月周回衛星「かぐや」の立ち上げに関わることになり、私は衛星管制システムの取りまとめだったため、日々の課題解決や責任の重さに耐えるのが大変でした。その一方で、「かぐや」の衛星管制システムを立ち上げから最後の運用室の片づけまで、まさに「ゆりかごから墓場まで」担当することができたのは、貴重な経験になりました。

「かぐや」運用室の片づけが終わったとき、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャー川口淳一郎先生から声をかけられ、参加することになったのが、小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス(IKAROS)」のプロジェクトです。探査機自体は出来上がりつつありましたが、運用のためのシステムが不十分ということでお手伝いしました。「イカロス」がほぼトラブルなく運用しているのも「かぐや」の経験のおかげです。

優れたリーダーと一緒に仕事ができる幸せ

「IKAROS」の後には「はやぶさ2」の地上探査機管制システムの取りまとめも担当していました。「はやぶさ2」は様々な観測機器を搭載しているので、地上システムもそれに対応しなければなりません。開発~打上げまでの準備期間が通常の半分くらいしかない中で、プロジェクトマネージャー、サブマネージャーをはじめとするリーダーたちの統率力に感動しました。JAXAには優れたリーダーがたくさんいますが、そういう人たちと仕事ができるのは、本当に幸せなことです。私の強みは科学衛星、探査機の運用に関する分野ですが、何かトラブルがあったとき、「この分野なら米倉に聞いてみよう」と常に名前があがるような存在でありたいと思っています。現在は、衛星や探査機と通信するための地上システム(パラボラアンテナまわり)の開発や管理を担当しています。これらの地上システムは、なかなか日の目を見ることがない「縁の下の力持ち」ですが、一般の皆さんにもミッション達成の重要なシステムの一つだと知っていただけるように、日々精進したいですね。

JAXAを目指す学生への一言メッセージ

JAXAの仕事は、技術力だけではなく、人と人とが繋がって成り立っている部分が多くあります。自分にはどのような魅力・人間力があり、JAXAではどう成長・勝負していけるか、ぜひ考えてみてください。

プロフィール

1993年、高専卒業後NASDA入社。千葉県の勝浦追跡管制所(当時)にて衛星との通信のための各種アンテナの管理・運用に3年従事。その後、月周回衛星「かぐや」、小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」、小惑星探査機「はやぶさ2」の健康状態管理や指令を司る管制システムの開発や運用に長年従事し、2015年より現職。人工衛星や探査機と通信する様々なパラボラアンテナの開発、整備、運用管理を担当。趣味はソフトテニス。岡山県出身。

1日の業務の流れ

08:30メール確認
09:30地上システム関係者との社内外打合せ
12:15昼休み
13:00アンテナ開発メーカと社外打合せ
15:00科学衛星・探査機地上システムに係る資料作成
17:00メール確認
18:00科学衛星・探査機地上システムの開発・管理に係る技術検討
20:00退社

※所属部署・掲載内容は取材当時による

部門紹介 追跡ネットワーク技術センター

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