野口 聡一

ひとりで未知に挑むのではない 問題の解決策をより広いスキームで探していく

「宇宙飛行士」という仕事

宇宙飛行士というのは未知に挑戦する仕事と思われがちだけれども、それはJAXA全体に共通すること。宇宙飛行士だけが新しいことに挑戦しているわけではありません。結果として飛行士がいちばん前線に立っているのは間違いないですが、それを支えてくれる人たちも等しく未来への挑戦をしている。どうやるかは、部署によっても違うと思いますし、人によっても違うでしょうけれど、共通しているのはまだ実現してないことを実現するために、「できることを今日やる」ということではないでしょうか。

想定を超えた「未知の状況」にどう立ち向かうか

私の初飛行は、2003年にコロンビア号が空中分解した事故のあと、飛行再開のフライトでした。同じ悲劇を絶対に起こさないようにするため、あらゆる手を打った上でミッションに臨みました。その時にスペースシャトルの表面をレーザーでくまなく正確に測定する技術が開発されたおかげで、タイルとタイルの隙間に緩衝材が飛び出てしまっているのが見つかったことがあります。結果的には3回予定されていた船外活動のうち3回目の内容を大幅に変えて、その緩衝材を取り除くことになりました。そこは正直に言えば想定されてはいなかった。

ただ、想定されてないことが起こるというのも想定のうち。たとえば船外活動があるときにはNASAの訓練用プールをちゃんとをあけておく。何か異常事態があったらすぐに対応策を地上支援チームで考え、経験豊富な宇宙飛行士が実際にプールで試して、新しい手順を作って宇宙に上げるっていうやり方だけは決まっている。そのときも地上であらかじめ用意していたチームをすぐに呼び寄せて、いくつかのプランを提案するというところはうまく動いた。すべてを予測することはできないけれども、未知にどう対応するかという策は用意できるということです。

いずれにしても宇宙飛行は一人でやるものではありません。船外活動であれば二人一組、ソユーズであれば三人一組、宇宙ステーションであれば六人一組。自分ひとりでは解決できなくてもチームで解決することはきっとある。地上でサポートしてくれてる管制官の人たち、それから支援のエンジニアの人たちもいる。さらに言えば、JAXAの問題であってもNASAとかESA(欧州宇宙機関)が助けてくれる。未知の状況に立ち向かうときこそ、問題の解決策をより広いスキームで探していくということが大事なんだと思います。

3度目の宇宙は民間宇宙船でのフライトかもしれない

私は幸いにもこれまで2回宇宙に行かせてもらっていますが、今回また新たにアサインを受けて2019年終わり頃から約半年間、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在することになりました。(2019年と言えば、いま就活生のみなさんが入社する年ですね。)いざ訓練を始めてみると、やはり宇宙飛行はいつまでたっても挑戦の連続なんだなと実感します。2年後の飛行に向けて準備するという気持ちそのものは新人であろうとベテランであろうと変わらないものですし、これまで同様に強いモチベーションを持ってやっていきたいです。

訓練を再開してみて、ISSに関してはこの10年間で変わっていないこともありますね。逆に言うとそれだけISSが成熟したステージに入ってきている。だからこそ成果をちゃんと出すというのが大事になってくると思っています。一方で当然いろんな新しい挑戦もあって、いちばんわかりやすいのはアメリカで進んでいる新型の民間宇宙船開発ですね。宇宙船自体も新しいですが仕事のやり方も新しくなってきていて、民間企業主導で進んでいます。しかも従来の伝統的な宇宙航空産業ではないプレイヤーが参入してきている。いちばんわかりやすいのはスペースX。もともと IT 長者だったイーロン・マスクさんが電気自動車のテスラ社を経てスペースXを創業し、大胆な手法ながら運用面での成功を重ねている。そういう会社はほかにもたくさんあって、ここ2、3年で大きく地図が変わるんじゃないかなという気がしています。

帰還予定は2020年のオリンピック・パラリンピック直前

平昌オリンピックのあいだはずっとロシアにいたんですが、残念なことにロシアは今回OAR(Olympic Athletes from Russia)としての参加であまり盛り上がっていなくて。でも個人的には楽しんで中継を見ていました。スポーツも、宇宙も、人々を夢中にさせる力がある点では似ているかもしれません。実はソチオリンピックの前年に、選手たちの強化合宿で講演をさせていただいたことがあるんです。そのとき小平さんや高木姉妹、高梨さんたちとも会っていて。その彼女たちがまさにトップ中のトップになって、今回みんなメダルを手にして帰ってきたのは感慨深いものがありますね。

私がフライトから帰ってくるのは2020年。ちょうど東京オリンピック・パラリンピックの直前になるので、いまからとても楽しみです。2020年には私のフライトだけでなく、JAXAにとって大きなニュースとして基幹ロケット「H3」試験機の打ち上げが予定されています。あと、個人的に思い入れがあるのは「はやぶさ2」の帰還ですね。先代の「はやぶさ」は2003年に打ち上げられて2009年に帰ってきました。つまり2003年のコロンビア号事故のあと最初の宇宙飛行を待っていた時期から「はやぶさ」の旅もはじまっていて、2回目のISS長期滞在から私が帰還して一週間後に「はやぶさ」も地球に帰ってきた。そういう意味で私のこれまでの二回の飛行は、「はやぶさ」とともにあったんです。「はやぶさ2」も、東京開催が決定した翌年の2014年に打ち上げられて、みんなが2020年に向けて走っているあいだ、地球から離れたところでずっと飛び続けている。そして大会が終わったときに帰ってくる。「はやぶさ2」は、この混迷の時代を我々とともに生きているような気がしています。

この時代をどんな時代にするかは我々次第

この2010年代は「失われた2010年代」になるかもしれないし、逆に「金ピカの2010年代」と後から言われるかもしれない。いずれにしても、東京オリンピック・パラリンピックは、まだ名前がついていないこの時代のフィナーレになる。それは単なるスポーツイベントではなくて、いまの時代を生きる人たちにとって、人生を振り返るときに欠かせないピースになると私は思っているんです。1964年の東京オリンピックのことは自分が生まれていなかったのでわからないですが、前の世代の人たちの話を聞くと、東海道新幹線が開通したとかそういうことも含めて世の中が大きく変わる出来事だった。今回の大会にもきっと同じような意味があるはずです。我々の世代はオリンピックで何か一つの時代が終わるんだろうなっていう気がしますけど、もしかしたら若い人たちにとってはそこが始まりになるのかもしれない。むしろこの時代に対して意味を与えるのは我々自身ではないでしょうか。

JAXAを目指す学生への一言メッセージ

まずはJAXAという集団に興味を持っていただいたことに感謝します。JAXAの存在意義は、未知の世界に挑戦していくことにあると思います。その姿勢に共感してもらえる人であれば、自分の力を活かせる場所がJAXAの中できっと見つけられるはずです。ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』の中に、「その場にとどまり続けるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)」という有名な言葉があります。JAXAも未知に挑戦する集団であり続けるためには、全力で新しい視点、新しい活力を吸収し続けなければならないのです。みなさんが組織の一員となったとき、ときには動きにくさを感じることもあるかもしれません。でも、それを打破していくことがまさに組織を動かす力になるのだと思います。だからこそ自分なりの視点で言うべきことを言い、なすべきことに全力で取り組んでほしいと思います。

プロフィール

大学院で航空工学を学び、石川島播磨重工業(現 IHI)でジェットエンジンの設計及び性能試験業務を担当。1996年5月、NASDA(現JAXA)が募集していた宇宙飛行士候補者に選抜される。同年6月旧NASDA(宇宙開発事業団)入社。その後NASAが実施する第16期宇宙飛行士養成コースに参加し、ミッションスペシャリストとして認定される。2005年7月にSTS-114ミッションで初飛行。さらに2009年9月からISS第22次/第23次長期滞在。2017年11月にはISS第62次/第63次長期滞在クルーのフライトエンジニアに任命され、3度目の宇宙に向けて訓練中。宇宙探検家協会ではアジア地区常任理事、会長を歴任。

1日の業務の流れ

09:00出社
ISS第62次/第63次長期滞在に向けた訓練開始(午前)
13:00昼食
14:00ISS第62次/第63次長期滞在に向けた訓練開始(午後)
18:00退社
19:00クルーと一緒に夕食

※所属部署・掲載内容は取材当時による

部門紹介 有人宇宙技術部門

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